ポプリとは 花に、ハーブやスパイス、香料を混ぜ合わせ、さらにそれを瓶やポットのなかで熟成させた香りのことを“ポプリ”と呼びます。ハーブやスパイスのほかに、香りのよい木片や樹脂なども用います。数種類の材料を混ぜること(ブレンド)によって、香りに複雑さが増し深みが出てくるわけです。
* POT-POURRI・・・花弁と香料を混ぜて、つぼに入れたもの。(コンサイス英和辞典による)もとはフランス語の料理用語で、混ぜるという意味。
ポプリの歴史
16世紀のイギリスで活躍した薬学博士、ニコラス・カルペパーの文献によると、POT-POURRIという言葉が室内香というような意味に使われ始めたのは、エリザベス1世の時代(1533〜1603)以降であると記されています。日本では、信長、秀吉の時代で、特権階級のみ香に親しんでいました。
エリザベスの時代は、イギリス海軍がスペイン無敵艦隊を破り、まさに全盛期にありましたから、国教を確立し、学芸、文化に加えて、園芸熱も非常に高まり、軍隊が他国へ遠征しては、イギリスにない植物を持ち帰り、あらゆる種類を保有していたと伝えられています。
有名な文豪シェークスピアも、この時代の人物で、彼は薬草についての造詣が深かったために、特に女王の寵愛を受け、宮廷の庭園にも薬として役に立つハーブをたくさん栽培していたようです。当時、イギリスを中心に流行したペストの予防のためにも、ハーブがもてはやされ大活躍しました。例えば、集会場の床にハーブを撒き散らしたり、窓辺に吊るしたりして、殺菌・消毒のため実用的に使われていました。
女王の戴冠式の時にも、ハーブで作った小さな花束“タッジー・マッジー”が女王の手に持たれていたと記録にあります。女王は、ラベンダーを非常に好み、ジャムにしたラベンダーをいつも食卓に欠かさなかったとも伝えられています。香り好きの女王の影響を受けて、宮廷夫人たちの間にも、ハーブの香りや花の香りなどに親しむ人が増えていきました。
1575年のこと、イタリアから帰国したオックスフォードのエドワード伯爵が、イタリア土産として献上した、香りの手袋や香りのスイートバッグが女王の気に入るところとなり、これをきっかけに宮廷中に、バラやスミレ、オレンジなどの香りが流行し始めました。それが徐々に一般大衆へと、普及していったのでしょう。
婦人たちは、自分の館にスティル・ルーム(香料貯蔵室)を設けて、ハーブや花の香りを抽出するようになりました。こうして、自家製手作りの花の香りを、上等な香りのつぼに入れてポプリとして楽しむようになったのです。貴族の間では、ポプリをいれるための美術的な焼き物のつぼを別注文して、ひとつひとつ凝ったものを作っていたようです。